夏になると必ずといっていい程噴出する甲子園の投手投げ過ぎ問題、プロ・アスレチック・トレーナーとしては思うところがあります。
春・夏の高校野球甲子園大会、昨今トップチームは投手2~3人制を採用することで極力ピッチャーの球数を制限し、肘・肩のケガに繋がらないケアに目を向けています。
そんな新たな試みにもかかわらず今大会決勝に進んだ金足農高の吉田輝星投手、甲子園での投球数はなっ、なんと!計881球(5試合)、1試合=176球ととんでもない球数に達しました!
ところがこうした球数問題(制限しろ!vsいやっ!そんなの無視)に対し、果して球数を制限することで怪我がなくなるのか(減るのか)?という根本的な課題は解決するのでしょうか。
いわば野球上の常識ですが、果して的を得た回答なのでしょうか?長年の野球界に蔓延る課題に迫ってみましょう!
Contents
投球数とケガ

投手は甲子園で燃え尽きる!?
球数を制限すれば肘・肩のケガは減るのか?多くの有識者!?や外野がたくさんの声をあげてはいるもののどこまで効果があるものか。
甲子園で投球過多でもプロで活躍する投手もいれば、それ程多く投げなくともケガをする投手もいるわけで、正直どこまでが信頼できるかは大いに疑問です。
関係があるといえるのか!?

Pitch Smart が改善の急先鋒なのか?
アメリカではMLBをはじめ全てのクラスで球数に制限が設けられ、「○○球以上投げたら○日休み」ということまでルール化されています。
さすがアメリカ!きっちりしてる!
と考えるのはちょっと早計で、ならばメジャーリーグ先発投手が100球を目安に交代する“暗黙のルール”に何らかの根拠はあるのでしょうか?
さらに球数100球前後の妙な!?ルールを守っていても、毎年多くの投手がトミージョン手術に踏み切っていることも見逃せない事実です。
100球を根拠としたPAP(Pitcher Abuse Point;投手酷使ポイント)という指標はあるものの、こちらは今から30年も前に導き出された数値です。
根拠に乏しい!?
PAPは球数が100球以上になると防御率が悪化するというデータに付随するもので、球数とケガの関係を直接評したものでなく、さらに近年のMLBスタイルにそのまま反映することの是非が問われるべきでしょう。
その時にできた指標が今現在まで脈々と受け継がれてきてしまい、他の誰も100球/試合というルール!?を疑いもなく信じて続けている!というのが実情かもしれません。
翻って日本(甲子園)はどうか?
プロ野球(NPB)でさえも絶対やらないであろう「881球/5試合」等という驚愕の球数で、正に「熱投甲子園!」等とバカ騒ぎする主催メディアやファンがなんと多いことか。
しかしだからといってこれだけ投げた投手が潰れてキャリアエンドになったかといえばそうとも言えません(もちろんそういうピッチャーもいますが)!
つまり球数が多いから肘(肩)をケガすると統計学上は言えない!ならば球数を減らせ(減らそう)!というのはちょっと無理があるかもしれません。
肘(肩)に負担はかかるもの

一定の方向から大きな牽引力が加わる
球数がケガに直接繋がるかはわからない!ならばなぜピッチャーは肘(肩)をケガするのでしょうか?
ボールの違い・マウンドの違い・中4日登板等、様々な要因はありますが、投げる時のちからの入れ具合による関節構造の変化は、どんなに予防しようともできるものではありません。
理想的な投げ方でさえ負担は大きい

うっ腕が!ぎゃ逆側向いてるけど⇒外反ストレス
どんなに予防線を張ったとしても肘におこる負担を(完全に)なくすことはできません!なぜなら人の体は固体個々にわずかずつ違っているからです。
逆に肘(肩)はケガをしてしまうもの!として最初から考えておけば、「投げられなくなってしまって」とか、「球速がおちてしまい・・・」等といったマイナス思考にはならないはずです。
こうした思考はアメリカのほうが日本より確実に進んでいて、例えば「肘がダメになったら施術すればいいさ!」というわりとドライな考えを持っています。
しかも20代前半にやれば回復も早く確実で復帰に向けてのプランもしっかり立てやすくなります。
日本は「取り換える(置換術)」という考え方には昔から否定的ですが、さすがにトミージョン手術の成功率がこれだけあがれば(8割以上が復帰し活躍)、チームドクターを始めとり入れないという選択肢は少なくなりました。
とはいうもののアメリカに比べればまだ確実に「肘にメスを入れるのはどうも・・・」という考えが残るのも現実です。
メカニクスを知る手掛かり

投球動作フェーズ:ストレスの加わり具合が各動作で違う
こうした考え方は別として投げるとき肘(肩)にどんなストレスがかかっていることを知っておけば、如何に体の調子を整えることが大切かに目がいくはずです。
投球動作を観る際の5つのフェーズ(期分け)概念を使って動きのメカニクスを観てみましょう。
実は肘への負担が最も大きくなるのが、レイトコッキング(コッキング後期)から加速期にかけての、球速を高める動作時です。
右上手投げの場合、投球腕はコッキング前期で内旋し、コッキング後期で内旋から急激に最大外旋位(MER)に切り替わり、加速初期で再び瞬間的に最大内旋しながら(捻じられながら)最終的にボールリリースします。
肘の怪我に繋がる負担をできるかぎり減らすには、こうしたコッキング後期での最大外旋位をなるべく維持して一気に腕の加速に繋げることです。
外反トルクを一定に維持

ボールを持つ手が1塁側を向く(MER)!
レイトコッキングからボールを持つ右手がなるべく長く1塁側を向いた状態を最大外旋位:MER)といいます。
最終的にこの加速初期で一気に内側に捻じる内旋へ移行することで、肘の外反トルク(ストレス)は一定以下に維持されます。
MERをギリギリまで維持できれば、投球腕(球を持つ手)が速くキャッチャーに向いてしまう悪影響も、肘の外旋トルク(ストレス)の急激が高まりも一定レベルで防ぐことが可能です。
特に頭よりも前で球を持つ手がキャッチャーに向く場合、肘が凄まじい外旋ストレスに晒されることを覚悟しなければなりません*1)。
*1)松坂大輔・藤川球児等の剛腕投手はどうしてもこの傾向が高いのです。
MERをなるべく維持したまま、まず体幹・肘・手の順に一気にボールを持つ手をホームプレート上に向ける(上腕の内旋)ことが、肘の外反トルクを一定以上高めないスイングです。
ダルビッシュの悲劇

ダルビッシュ投手:機能的な動きが欠落!?
ダルビッシュ投手がトミージョン手術をしてから中々復活の機運に恵まれませんが、これにはなんらかの理由があると考えます。
術後は多くの投手が元通り(以上)になるといわれる中、彼の不調はファンならずとも不思議なのが正直なところですが、果して肘の外反トルクが関係しているのでしょうか。
体作りに対する疑問
肘は手術とその後のリハビリでほぼ完治(といわれている)、さらに休んでいる間を体作りに費やした結果、フルパワーで投げずとも150km/h台後半の球速を叩き出す程でした。
しかし完全復活の2017シーズン頃から球速の割にポンポンと打たれてしまう状況が続き、ついに今年はわずか1勝で8月早々に彼の2018シーズンは終わりを告げました。
原因は「肘の骨のストレス反応と上腕三頭筋の肉離れ」ということでしたが、問題は術後の体作り期間の対処法にあったのではないかと考えます。
日ハム時代後期とMLB1年目はダルビッシュ投手の絶頂時といってもよく、腕の振りがまさしくムチのようにしなりフォーシーム・変化球共にそのキレは群を抜いていました。
メカニクス的変化と完璧過ぎる性格

メカニクス的にどうなの?
ボールを持つ手が中々見えてこない(それだけ腕がしなる)ため、バッターとすれば球種がわかりづらく、ムチの如くしなるスイングでその打ちづらさは球界随一を誇ったものです。
コッキング後期での球を持つ手の向きが1塁側:最大外旋位(MER)を加速期中盤まで維持、ギリギリまで我慢した外方向への腕の捻じりを、一気に内にねじり戻す彼本来のスイングは影を潜めてしまったのです。
術後に復活したダルビッシュ投手は確かに球速はアップしましたが、すぐに胸(体)が開くためムチの腕振りが失われ、代わりに肘の外反ストレスが高くなっています。
その完璧すぎる性格で業界では異端とも噂されるプロビルダーに師事し、より深い知識・技術を得ることには成功したものの、投げるという機能面での適応力に乏しい動きになってしまったことは否めません。
投球過多に隠れた要因

肘の外反ストレス
ダルビッシュ投手は甲子園にも何度か出場していますが、今大会の金足農高:吉田輝星投手のように1人でとんでもない球数を投げているということはありません。
プロ野球入りしてからも中6日のローテーションをほぼ守りつつ大活躍をしてMLBに移籍、その後数年にわたってのエース級の活躍は記憶に新しいところです。
球数制限でも肘のケガは起こる!?
ダルビッシュ投手のように長年にわたりある程度球数をコントロールしても、現実的に肘の故障は起こるわけです(*彼はむしろ中4日当番が大きな問題とコメントしています)。
極論すればどんなに球数をコントロールしようが肘を故障する投手もいれば、まったくケガせずにローテーションを守るピッチャーもいるということです。
現役ではシャーザー(WSN)、バーランダー投手(HOU)、過去には黒田(LA・NY・広島)マダックス(CHG・ATL)投手がその代表格です。
つまり投球数が肘を故障する最大の要因とは言い難く、あくまで2次的要素に過ぎない!私見も含めれば、おそらく投手個々で怪我の原因が異なる!という見方に落ち着くはずです。
NPBとMLBでは先発投手が1シーズンで投げる球数はそれ程変わらないのに、MLBで肘を壊す投手の方が多い(増加している)のは、異なる要因があるからでしょう(以下参考)。
投球動作の本質を観るべき

要因は様々!
重要なことは投手個々の体の特徴を捉え、投球フォーム(メカニクス)のちから的(力学的)なマイナス要素をコントロールすることでしょう。
特にレイト・コッキングから加速初期における腕振りのMER(最大外旋位)を如何に維持できるか!
そしてもし損傷が発見された場合は速やかに手術をして回復にあてることが必要です。
まともにやれば20年前後のキャリアがあるので2年弱のブランクは良い休養として捉えるプラスの思考が大切なのです。
その間は他にできなかったことや野球を違った視点から眺めることで、復帰後のプレーに大いに生かせると考えれば手術を前向きに受け止めることもできるはずです。
未来予想で肘(肩)故障を予防!
肘(肩)を痛める要因は数あれど、今後は科学がさらに進み、まったく違った方向から故障要因を選定できる可能性も高まるでしょう!
DNA解析によって肘の外反トルクが投げる毎に高まっていく体や投げ方と、そうならない動作を予測できるようになるかもしれません!
予防という観点であれば右投げで肘を故障したら左投げで本格的に再デビューなんてことだってあり得ない話ではありません。
大谷選手がピッチャーとバッターで可能性を広げた“二刀流”ならば、右投げと左投げの “Two Way Player” が誕生してもまったくおかしいことではないのです。
それには子供のころから可能性を狭めてしまうひとつの競技・ひとつのポジション・狭い視野の傾向がある今の指導法に疑問を持ち、新たな可能性を広げるための広い視野・思考を持つ選手・指導者が求められるでしょう。
まとめ:

右でも左でも投げられるようにすればどうなの?
肘の外反トルクは、バッターと対峙しなければならない投手にとって、投球時に必ず起こる関節内ストレスです。
その事実は避けることができないため、球数云々問題は、ボールの質・中4日・マウンドの硬さ等といった要因と同列であくまで2次的要因として捉えてください。
よく言われる投球フォーム問題もその中身が明確になっていないため、現実的には故障の最大の要因を特定できない現実を知っておくべきです。
体や動きは選手個々に異なる事実を理解し、外反トルクを優先した「“自分の体”にとって理想的なフォーム」で投げられる方法を模索するべきでしょう。
TM鈴木