「個性」は育つのか?習い事としてのコアトレの意義を検証~集団的・画一的な動作に疑問を呈しない思考のリスクとは?~

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「習い事」の中でも最近はスポーツの様々な特性、例えば体作りや運動能力アップに特化したサービスが流行りをみせています。

「コア・トレーニング(コア・トレ)」もそのひとつで、『体幹(たいかん)』を鍛えるという目的で多くの子供達が楽しみながら!?、それなりの動き!?を学んでいる光景を目にします。

でも最近は「それってちょっとどうなの???個性って育つのかなぁ・・・」という疑問が生じ、「習い事」としてのこうした体作り・運動能力教室の意義について再考してみました。

最後までご覧いただければ子供にとって「個性」を育む、体を動かすことの価値や効果について理解が深まり、我が子にこうした特殊なレッスンをさせるべきか否かという判断基準が見つかるはずです!(^^)!

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習い事としての意義

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集団で画一的な方法に

果して価値はあるのか!

子供には「一番になってもらいたい!」、その分野で活躍して、あるいはできた!という経験を積んでスポーツを好きになってもらいたい!という親は沢山いるはずです。

そんな習い事事情は時を経て少しずつ変化し、トレーニング等カラダを動かすことに特化した教室等も増えるようになってきました。

コア・トレーニングの有用性

特に体や動きに関する「習い事」は近年のネット事情と共に細分化され、今では単に体を動かすことからより“コア”な分野へと足を踏み入れています。

そんな中、子供の「コア・トレーニング」、「コア・コンディショニング」を売りにする“お教室”が増えてきているのも事実でしょう。

ネット(映像)等での紹介や実際の現場を観るにつけ、様々な「コア・トレ」を子供達に実践させており、一見するとそこにあまり不自然なイメージは見当たりません。

子供達もそして我が子を見つめる親たちも、指導陣が提供する“コアを鍛える”というその目的や内容に満足し、充実した反応を示しているように見えます。

ただ!「それって本当に(子供のために)良いことなのかなぁ・・・?個性を確立できるのかなぁ・・・」と思ってしまうのは、TM鈴木だけでしょうか?

子供の体幹トレーニングと称して十数人に同じ動き、例えばうつ伏せ四足や仰向け(お腹上)で前後に動いたり、プランクと言われる安定性を高める動作をさせていたり・・・、「違う感覚」や何かしらの違和感がどうしても頭をもたげてしまうのです。

大人の話をちゃんと聞いて集団で同じことを・・・

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価値の見定めは親の役割

いえ!そうした「コア・トレ」を否定しているわけじゃないのですが、ただ観たままの事実としてそうした指導が行われているということ。

指導者の話をちゃんと聞いて(聞いているようにみせているだけかもしれないが・・・)、みんなでおんなじことをして、できているのかいないのか!なんだかわからない感じで終わってしまっているような気がします。

親は我が子がコーチ(先生)の話を聞いてちゃんとやっていれば(!?)満足、つまり指導者が指導した通りにやること、そして教室側はこうしたお子さん達をグループでまとめあげて同じ動きをさせることが、指導の基本と考える場合が少なくないようです。

人が生きていくには協調性も必要だし、仕事ではグループでプロジェクトを組んだりしてひとつの目標を達成せねばなりません。

そうした意味からも子供にとってこうしたグループワーク!?の重要性は確かに必要なのでしょうが、残念ながら「ただ(その姿勢を)やっている・・・」という印象しか受けないのです。

必要なの?子供のコア・トレ

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大流行の背景には

企業のイメージ戦略が・・・

こんなことを言ってしまうと元も子もないのですが、子供に「コア・トレ」と称する動きやポーズって必要なのでしょうか?

そこにはちょっとした考えの違いがあるようで、例えば人は生きていく中で様々な動きをし、それが日常生活やスポーツ動作に生かされている!という考えに行きつくのです。

コアトレの実情とは?

コア・トレそのものの良し悪しよりも、まず幼少期は様々な運動をとり入れたほうが良いという意見に対し、それに異を唱えるつもりはありません。

ただ特別に「コアトレ」と称してあたかも運動能力が高まるとか、あるいは大人向けにダイエット・シェイプアップになるという触れ込みのサービスや、それを素直!?に受け入れる側の日本人的思考には大いに戸惑いを覚えます。

子供がコアトレをしたからと言ってコア(体幹)が強く強力になるか?と言えば、決してそうとはならず(強いとか強くない!という言い方もどうかと思いますが・・・)、運動性能のひとつの要素として多少は違うかな!?という程度です。

おそらくはメディアのコマーシャル戦略でしょうが、「コア・トレ=パフォーマンスアップ」等というのは大きな誤解です。

○○ポールやバランスディスク等といった所謂、コア関連系アイテムをつかっていたり、こうした集団でする画一的な運動は本来なら親として再考すべきことなのですが、そのような思考は見えてきません。

なによりせっかくの動く機会なのに待ってる時間が長すぎ!なんてTM鈴木には耐えられないし、そんなの大いに時間無駄ではありませんか!?

メニューを“こ・な・す”ことは上手

昔「脳トレ」という○天堂が開発したゲームがありましたけど、効果としてはあれと同じくらい、つまりコアトレ特有のポージングやその動作での姿勢はうまくなるかもしれませんが、運動性能にはそれ程影響しないと考えたほうがいいでしょう。

「脳トレ」とは○天堂が開発したソフトで、そのゲームでハイスコアを出すことが脳を活性化するという触れ込みでしたが、世界中で実施された多くの研究により汎用性のある(日常的な脳の活性化等)効果は得られないとの結果がだされています。

脳の活性化によいとされる(!?)必要な課題をクリアしても、その同じ課題に対して早く答えられるようになるだけという意見が大多数を占めているわけです。

コアトレも同じで特有のポーズ(プランクやブリッジ等)を練習するからそういったものは当然の如く上手くなるでしょうが、それと実際のスポーツ動作に生かせるかは全く別問題です。

コアトレ傾倒の危険な心理

コア・トレが目的とする動作やスポーツパフォーマンスにしっかりと反映されるかといえば、それはほんの一部にすぎません。

実際のスポーツで必要とされる動きができるようになるには、それこそ何億通りにもおよぶ状況に応じた動作経験が不可欠なのです。

コアトレを標榜するクラスではそれこそコアを鍛える!?という意味での内容(に関する動き)しか行われていませんが、これでチョー複雑な人間の動きをコントロールしよう等という発想は人の動作を考える上で、非常に危険で短絡的な!というしかありません。

実際の種目(やり方)にばかり目を捉われてしまい、その中身について吟味する(みずから考える)ことをしないのなら、どれだけ多くやろうとも意味はないのです!

個性の発揮はできるのか!?

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個性の発揮は親が担うべき

子供が習い事をする場合、その選択権は表面状は子供本人が気に入るかどうかですが、背後には親の考え方があると言われます。

特に幼少期のコア・トレはスポーツ動作にとってはほんの一部の要素でしかないため、そこに傾倒するような考え方はとても危険だし、おすすめできるものではありません。

発揮すべきは強力な個性!

幼少期には全体(集団)に混ざり合うのではなく、一歩跳び出るための強烈な「個性」の開発がカギになるとTM鈴木は考えています。

コアトレを含む昨今の運動・スポーツレッスンを観ていると個性の確立とは真逆の考え方に隔たり、顧客である親達の心をくすぐる集客戦略を上手く利用した集団的行動サービスが非常に多いように感じます。

誰かに「教わる」のではなく、みずから「学ぶ」姿勢が大事

一般に日本人は教わることが好きである。これは一見、学ぶことに熱心とも受け取られがちであり、「学習すること」が即「進歩すること」と勘違いしています。しかし実は学習というのは個人の個性を伸ばすこととは対極にある。

これはつまり、学習することによって、かえってその人の能力や個性を埋没させてしまう可能性もありうるということである。

「天才・イチロー 成功を導く魔法の言葉」より抜粋

自然科学的にみても「個性」を発揮できるのは全体のほんのひと粒(一握りより小さい!)で、我が子が「その他大勢」になることの方がはるかに高いといます。

こうしたクラスで他人から教えてもらうこと(学習)にはそれなりの効果もありますが、それでは協調性は伸ばせても跳び抜けるために必須な「個性」は高まり様がありません。

特に習い事で親が指導者に任せてしまうと、子供だってそうした親の考えを受け継ぐのは目に見えており、みずから学ぶ機会は完全に失われてしまいます。

みずから探究する機会を増やす

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やらされる!ではなくみずから取り組む

大切なことはコア・トレをやるかどうかではなく、みずから探究すること、そのために親(子供)みずから(可能であれば一緒に)が関係する疑問について調べ試すことです。

多くの生徒さんがいるなかで指導者から与えられた動きをどれだけしっかりやってみたところで、それは単に与えられた課題をこなしているだけで、○天堂の「脳トレ」を続けてそのスコアが上がったにすぎません。

「あれがよい(面白い)かも・・・いや!こっちのほうがもっといい(楽しい)かも!」といったみずから考える行為、そしてそれを元にした行動が我が子の創造性を飛躍的に高めるのに、その機会を逃がしてしまうのはなんと勿体ないことか!?

だからこそ、我が子を親がその思考に導いてあげる!それが親としての最も大切な責任なのではないでしょうか?

親の考え方や行動は我が子に直接反映されるもの、だからこそ子供が本来向かうべき方向へ導く責任があり、その意味で眼の向け方を変える必要があると切に感じるのです。

任せ過ぎ・思い込み過ぎは回避

「任せ過ぎ」、「思い込み過ぎ」を回避する意味で親みずからがコア・トレを含む運動能力アップや体作りについて良く知り、少なくとも指導者の意図をしっかり読み取れるような背景を持つことが大切なのです。

でなければ我が子はそうした“集団行動育成(!?)クラス”の犠牲者になるだけで、将来的な伸びにマイナスとなる状況を作り出してしまうかもしれないのですから!

思考から行動、そして再度思考にフィードバック(返す)することで、さらに行動が洗練されるというサイクルこそカラダ感覚を高め、それが実際の動きにも反映されるのです。

習い事で集団的に同じ動きを行っている(させられている)うちは、誰も気付かなかったそうした“世界”が見えることはありえません!

もし「コア・トレ」にそんなにも傾倒したいのなら、お子さんと【一緒に!】片脚立ちをしてみるほうがよっぽども効果的でしょう!

集団で行う“大雑把極まりない”模倣トレーニングより、親子でじっくり取り組む方が、お子さんだってコアの意義を(理屈でなく)しっかり体感できるだろうし、何よりパパ(ママ)との楽しくも貴重な時間に他なりません。

お子さんがコアトレ教室に通うのは、あなた(ママ・パパ)と “コア・トレ” という名の遊びを楽しみたいがためなのかもしれませんよ!(^^)!

さて、以上の考え方を踏まえた上でそれでもコア・トレが良い!と思うなら是非、利用してみては如何でしょう!(^^)!

まとめ

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コア・トレの呪縛を解けるのは

親であるあなただけ!?

習い事としてのコア・トレ(クラス)の意義について考えると、果してその集団的・画一的な動きの獲得に本当に意味があるのか大いに疑問です。

専門家に任せることで運動能力が高まりスポーツに生かせるのでは?と考えるかもしれませんが、そうした思考には誤解という大きなリスクが伴うことに警鐘を鳴らす必要があります。

「個性」は習うことで得るのではなく、みずから《探究》し日常に存在する様々な疑問をみずから(我が子と一緒になって)解明していくことで育まれるのです。

集団的・画一的な動作に疑問を抱かない現状は、親が指導者へ任せ過ぎ・(良いという)思い込み過ぎの思考を招き、子供の「個性」を引き出せない大きな要因といえるでしょう。

お子さんがコア・トレという“遊び”を一緒に楽しみたいのはそうしたレッスンではなく、あなた(ママ・パパ)なのかもしれません!(^^)!

TM鈴木

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