いよいよ2017年のMLBが開幕しました。
今年も色々と見どころがあり様々な記録や感動を生む瞬間を目の当たりにするかもしれません。
そんな中、3(月)にダルビッシュ投手(テキサスレンジャース)が開幕戦を戦いました。
結果は惜しくも6回1/3を投げ4安打4失点で勝敗つかずでしたが、今季は勝負の年と本人も自覚し相当の覚悟で望んでいます。
ダルビッシュ投手はトミージョン手術(肘の内側側副靭帯移植)をした一昨年当初から肉体改造に取り組み、昨シーズンの復帰後は一定の成果を出しています。
今回はこの肉体改造や身体を大きくすることと球速アップの関係についてアスレチックトレーナーの視点から解説してみます。
Contents
肉体改造=球速アップではない!?
ピッチャーが肉体改造や身体を大きくすることは球速アップに繋がると一般的には考えられています。
とりわけその傾向はメジャー(MLB)で強く、メディアや様々な分野のエキスパートも同調しています。
だから多くのピッチャーはシーズンオフの間肉体改造に努め、身体を大きくする努力を続けているのです。
肉体改造で身体はどう変わるのか?
しかし・・・、です。肉体改造をするから球速がアップするかと言えばそれは少し違います。
肉体改造するときその多くはトレーニングやエクササイズなど、ウェイトを持ち上げたり引っ張ったり、自分の体重以上のものを扱ったりします。
腕や脚だけでなく体幹部とのつなぎ目、例えば股関節や肩甲骨等が頻繁に使われます。
さらに体幹筋群のその表層だけでなく、深層部で身体の安定に寄与する筋肉をしっかり働かせる頻度も高くなります。
コアトレーニングやファンクショナルトレーニングといった最近流行りの方法も含まれ、実際のプレーではあまり使われない部分の筋肉を働かせることが多いのです。
その結果身体にはすこしずつですがある変化が生まれます。姿勢が良くなってくるのです。
ではその姿勢の良さと投球フォームにはどういう関係があるのでしょう。
筋肉の質を高めてこそ・・・
球速アップには必要な要素とはなんでしょう?
それは身体を大きくすることではなく、筋肉の質を高めることです。
身体を大きくすることと筋肉の質を高めることはある種混同されがちですが、まったく違います。
筋肉の質を高めることはターゲットとする筋肉がしっかりと伸びてしっかりと縮むことです。
骨格筋(筋肉のこと)は縮まるときに最大の力を発揮します。しかししっかりと縮まるにはその前提としてしっかりと伸びないとその能力を十分発揮することができません。
ダルビッシュ投手はおそらくこの筋肉の質に対する考え方が他のどの投手よりも強いのかもしれません。
つまり『筋肉を縮めるだけではダメで、伸ばすことができてはじめて縮めることの効果を生かせる』と常に考えているのではないでしょうか。
だらかウェイトトレーニングだけでなく、筋肉を緩めたり伸ばしたりするなど、どちらかと言えばコンディショニング系のエクササイズを取り入れることにも、ことのほか気を使ったのかもしれません。
「95マイル(約153キロ)の球を100%の力で投げるのと80%で投げるのとは全然違う。だからある程度、筋肉量を増やさないと」と力説した。
出典:https://goo.gl/EQMLK9
こうしたメッセージの裏には単に筋肉量を増やすだけでなく、筋肉の質を高めたいという彼の想いが含まれていると推察できます。
球速アップの条件
出典:https://goo.gl/19Yae0
ここで球速アップのための一般的な身体の使い方を解説します。
上図は投球動作をその動きの特徴からいくつかに分けたもので、動作分析やケガの予防では一般的に使われるものです。
球速アップには最低でも2つの条件が必要です。
①地面から得たエネルギー(床反力=反発力)をロスすることなくボールに伝える
②腕の振り速度を最大限にする
ボールを投げる際には反発力で得た地面からのエネルギーを、足ー脚ー股関節ー体幹(骨盤・脊柱・胸郭・肩甲骨)-肩ー腕ーボールへと運びますがその際、力(エネルギー)の低下を極力抑えなければなりません。
特に股関節ー体幹ー肩甲骨でのエネルギーの低下はかなり大きくなることが予想され、その力のロスを防ぐために体幹トレーニングが主流となっているのです。
体幹部がしっかりと安定し、しなりを伴って良く動く、動作にメリハリがつく能力を高めると、地面から得た(反発)力が投げるボールにしっかりと伝わり、体幹部でのエネルギーの低下を防げるというわけですね。
腕の振りを速くする
さらに②腕の振りは①反発する力をボールにロスなく伝えることと相互に関わっています。
つまり腕を速く振るためにはどんなに腕(だけ)を速く振ろうとしても速度は上がらないということです。
腕の振りを速めるためには腕のしなりを利用する必要があるのです。
投球時の腕のしなりとは身体の各部位がわずかの時間差で動いていくことです。
例えば身体が先に
①バッターに向かって移動し(アーリーコッキング期)
→②肩が動き(レイトコッキング期)
→次に③肘(加速期)→
最後に
→ボールを持つ手掌(加速後期)
というふうに時間差を伴って動いていくことと同時に
①反時計まわり(内旋)→②時計回り(外旋)→③反時計回り(内旋)と長軸に腕が捻れる(回旋)動作を伴うことでしなりを伴った腕の鋭い振りができるのです。
上の図では左から3番目の写真で、ボールを持つ手は肘よりもだいぶ後にあり、その肘も肩よりもわずかの時間差で遅れて前に移動するようになります。
このような時間差で各部位を移動させると同時に捻じり(回旋)動作によって腕の振りが鋭く速くなります。
言ってみればムチのようにしなる腕振りができるようになるわけです。
ダルビッシュ投手は復帰までの自身に課したトレーニングによって、この①地面からの反発力をロスなく投球腕に伝えられるようになり、②腕の振りが鋭くなったことで球速アップにつながったのだと考えられます。
そしてその①と②が向上した要因は復帰までの様々なトレーニングによって育まれた姿勢の改善にあったとTM鈴木は観ています。
ダルビッシュ投手の肉体改造の成果については昨年も特集しています。詳細は以下をご覧ください。
肉体改造で生まれた姿勢の変化
松坂投手や藤川投手のようにトミージョン手術からの復帰後、球速がガクンと落ちてしまった例も球界にはたくさん見受けられます。
こうした例は肉体改造をしなかったからダメだったとは言い切れません。
逆に肉体改造、そして復帰までのリハビリやコンディショニングプログラムが本人にフィットしていなかったのかもしれません。
もしくは例えば本人たちが復帰までのプログラムにあまり積極的に関われなかった何等かの理由があったりするのかもしれません。
だから肉体改造や身体を大きくすることが直接球速アップに繋がらないこともあるのです。
姿勢が投げ方に影響!?
ただひとつ言えることは肉体改造の過程で(もちろん本人の努力や関わり方等によりますが)姿勢は大きく変わります。
投げる時にその姿勢を維持できればそうでない時の姿勢と比べて身体や投球腕の捻じり具合が格段に大きくスムースになることは確かです。
この肉体改造していく過程で投球動作に適した姿勢へと変化したことがダルビッシュ投手が行った最大の成果だとTM鈴木は考えています。
そしてその投球動作に適した姿勢への変化が、投球動作中の筋肉の大きく滑らかな動きを可能にし球速がアップしたのだと観ています。
姿勢や動き方がまったく違う
ダルビッシュ投手の立ち姿や歩いている時の姿勢を観ればその一端を感じることができるはずです。
彼は尋常ではない程投げることに適したいわゆる“良い姿勢”をしています。
MLBだけでなく日本の投手も含めてもこれほど美しく躍動的な姿勢を保てる投手はほとんどいないでしょう。
それ程彼は大きな能力を秘めた可能性のある姿勢へと変化しているのです。
MLBの投手、というより欧米人アスリートは姿勢が非常に美しく立ち姿や歩く姿勢がとても躍動的ですが、ダルビッシュ投手はその中に入ってもまったく遜色ない姿勢をしているといってもいいでしょう。
肉体改造をしていく過程で投げることに適した姿勢や身体が身につくために、球速アップが望めると考えるれば正に腑に落ちるのです。
トレーニングは姿勢を育む
ダルビッシュ投手の肉体はたしかに大きく強靭になりました。
しかしその事実よりも投げるために最も適した姿勢になったことで、球速や回転数が高まったと考えるのが自然な見立てだとTM鈴木は考えています。
姿勢改善を決める重要なポイント
こうしたトレーニング系種目は重いウェイトを持ち上げたり、自分の体重を不安定な状況下で体幹を中心に支えなければなりません。
その際の姿勢の良し悪しを決めるのが機能的骨盤前傾位です。
機能的骨盤前傾位は骨盤を前方斜め下方向へ傾けるだけではなく、股関節と脊柱の可動域が拡大し、頭上へギューッと身体が伸びる位置変化が起こります。
実はこれが姿勢改善の大きなポイントとなるわけです。
そしてこの機能的骨盤前傾位か否かを判断するひとつの指標として、肋骨の最下部からその下の腸骨最上部までの距離が(最下部肋骨ー腸骨稜長)が重要です。
脇腹の骨から骨までの長さがびよ~んと伸びている状態が機能的骨盤前傾位かどうかを現しているのです。
この肋骨-腸骨稜間の距離が長くなるのは、骨盤がしっかり前傾しているからです。
だからなんとなく胴長に見える、実はこれがスポーツ動作でパフォーマンスが高まる基本姿勢と言えるわけです。
テニスの錦織選手やサッカーの長谷部選手もこの最下部肋骨-腸骨稜間が伸びているスポーツ動作に適した姿勢をしていると言えるでしょう。
肉体改造で投球フォームが固まる!?
この表題はあながちウソとも言えません。新しい考え方ですが、もしかしたらそういう時代が来てもおかしくないかもしれません。
従来の日本野球では走ること(ランニング)と投げ込みで肩(肘)をつくる・フォームをつくるという習慣がありました。
しかしトレーニングによって球速を高める姿勢が育まれ、体幹の捻りや腕をしならせる身体や腕の使い方ができるとすれば、“ある程度”までの投球フォームの確立は可能でしょう。
キャンプでの投げ込みをまったくしないというのは現実的ではありませんが、球数を減らすひとつの手段にはなるでしょう。
特にアメリカのように投球数に神経を尖らす環境では、こうした考え方は非常に有利となるはずです。
その思考法が一流の証
ダルビッシュ投手はピッチャーとして新たな取り組みをすることで成功に近づいた最初のアスリートかもしれません。
そこには他人にやらされて行うトレーニングや訓練といった気持ちは毛頭なく、自ら率先して計画段階から関わり、そのプランを積極的に遂行・実践した成果が出ているのだと考えます。
『肉体改造は球を速くするのではなく、球速アップに適した投げ方の姿勢を作り上げるもの』
そうした考えや思考法が現場に根付いてくると投手のコンディショニングもさらに良い方向へ向かうかもしれません。
そうすればダルビッシュ投手のようにもっと積極的にトレーニングに関わる人が増えるでしょうし、MLBを始めとする野球がさらに面白くなると思います。
TM鈴木