長嶋茂雄さんが80歳を超えても“カントク”であり続ける理由~人々を魅了するその旺盛なるチャレンジング・スピリット~

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TM鈴木の年代だと長嶋茂雄さんの現役時代はよくわからないのですが、はっきりと覚えているのは松井秀喜選手(当時)をドラ1で獲得してからの監督という立場からです。

2004年に脳梗塞を患ってから右手・右足が不自由になり言語能力にも後遺症が残った長嶋さんですが、今でも多くの国民から愛されるキャラクターであり続けています。

その一端を垣間見たのは偶然観たTV番組で、その中で愛弟子の松井秀喜さんや元SMAPの中居くんとのやりとりが目を引きました。

GSP2017年、最後を飾るトピックがこの人になろうとは思いもしなかったのですが、特集するに値する人物ではないかと思います。

なぜ今でも長嶋茂雄さんは“カントク”と呼ばれ、常に人々を魅了しているのでしょうか?その真意を探りました!(^^)!

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野球の神様に選ばれし男

長嶋茂雄さん:資料提供「テレビ朝日」

長嶋さんは現役時代数々のエピソードを残していますが、そのほとんどが野球(または野球の話)に熱中しすぎた結果起こったものです。

心底野球が好きで、だからこそプロ野球史の中で最も印象に残る選手のひとりとして、今でも多くの人々の賞賛を受け続けているのでしょう。

カントクがしでかした!?逸話集(ほんの一部)です!(^^)!

「我が巨人軍は永久に不滅です」←ーーーー知らない人はいない程の名言

試合前に靴下が1枚ないと大騒ぎし、他の選手も一緒になって靴下を探すが見つからず。結局どこにあったのかというと、長嶋さんが片方の足に2枚靴下を履いていただけだった。

新人の年から30本塁打達成(しかもトリプルスリー)という偉業にあと1本届かず。そのシーズンはホームランを打ったのに1塁を踏み忘れてアウトになってしまったことがあったため、ちゃんとベースを踏んでいれば偉業達成だった。

好きな四字熟語を書いてとリクエストされて渡された色紙に「長嶋茂雄」と書いた。

「ゆうべはホテルに帰って、シャワー食べて、うどんを浴びたらもう12時だった」発言。華麗な言い間違い。

「みんな何事もあきらめるな! いいか、人生はギブアップだ!」発言。ネバーギブアップと言いたかったのでしょうが……。

メジャーリーグの試合を観戦して「さすがアメリカ、会場中にエキサイトと書いてありますね」と「EXIT(非常口)」の看板を指差して発言。

アメリカでクリーニング屋にあったスーツを購入しようとしてしまい、店員に「アイアム失礼」と謝罪。

野球を心から愛している!!

これはもう間違いのないことであり、現役を引退してからはスポーツそのものをまじかで観るようになると、その「筋書きのないドラマ」に益々傾倒していったようです。

第1次長嶋政権では経験のなさも露わとなり、その力を十分発揮することなく監督の座を追われました。

しかし逆にこれが契機となりTVレポーターとして多くのスポーツに触れるうちに、アスリート達の栄光をつかみ取ろうとするひたむきな姿勢を彼独特の感性で視聴者に伝えていくことで、多くの支持を集めていったのです。

その根底にはいつだってプロ野球があったようで、ついに巨人軍に監督として復帰してからが本格的なリーダーとして道を歩んでいきました。

政権復帰した直後に当時星稜高校で甲子園を沸かせた松井秀喜選手をドラ1で指名、競合したにも関わらずみずからの右手でつかみ取り、そこから「長嶋ー松井1000日ストーリー」が始まりました。

厳しさと優しさが共存

長嶋監督(当時)は松井選手には特に厳しく接したと言われ、それは彼を1000日かけて本物の4番バッターにするという壮大な計画を、実行に移し完結するという使命を負っていたからに他なりません。

プロ野球に長嶋&王が君臨して久しく“大物”は出ていなかった当時、松井選手には巨人、ひいてはプロ野球界を背負って立つプレーヤーになって欲しい(ならなくてはいけない!)という、強い意志表示が感じられました。

だから松井選手が何の策もなく凡打したり、「ここぞ!」という場合に打ち損じた時は容赦なく愛のムチ(暴力ではなく4番としての責務という意味で)を加えたそうです。

しかしそれは真の4番打者を作り上げ、プロ野球を背負ってもらいたいがための彼なりの叱咤激励であり、優しさの裏返しだったのかもしれません。

愛弟子の松井さんがMLBで現役を終える際、「現役生活での思い出はなんですか?」との記者の質問にこう答えたそうです。

「やはり(長嶋)監督との試合が終わってからの二人だけでした素振り(練習)ですかね!」

2人で過ごしたその時間はおそらく息を呑む程の緊張感と、最高の野球人であり続けることへのこだわりを築き上げた、最高に幸福な瞬間だったのかもしれません。

紡いだ長嶋イズムの継承

出典:https://goo.gl/VVyFdi

こうした日々の取り組みを経て松井選手は巨人の4番の座に君臨するだけでなく、日本を代表する長距離バッターに成長しました。

巨人での最終年、松井選手は最終試合でホームランを50本の大台にのせ、来季はいよいよMLB挑戦を表明するという時期でした。

愛弟子の活躍は海を越えて

既に長嶋さんは監督を退いていましたが、松井さんにとって“監督”と呼べる存在は後にも先にも長嶋茂雄さんをおいていなかったのではないでしょうか。

それ程2人の関係は師弟をも超越した何か別次元の、言葉では言い表せない程の深い絆を感じさせてしまうのです。

さらに長嶋イズムは松井選手によって海を越えて受け継がれました。

MLBではホーム初戦の初打席で満塁ホームランと観客の度肝を抜いた松井選手ですが、その後はMLB特有の“手元で動く”球に手を焼き「ゴロキング」というよろしくないニックネームまでいただいてしまいました。

しかしどんな時にも野球に真摯に取り組みメディアの質問にも誠実に応える様は、カントク長嶋さんが愛した野球を心底極めようとする決意ともとれました。

多くの困難が待ち受ける中、着実にその実力を示すようになるに従って、ホームランバッターから中距離ヒッターに変貌を遂げた松井選手の姿がそこにありました。

頂点へ!そして衰退

MLBで生きていく術を見出した松井選手は左腕の骨折や膝のケガに見舞われたもののコンスタントに活躍し、2009年フィラデルフィア・フィリーズを4勝2敗で下し、念願のワールドチャンピオンに輝きました!

またこのシリーズでは自己最高の成績を残した結果、後にも先にもワールドシリーズでMVPに輝いたただ一人の日本人プレーヤーとなったのです。

その後は持病のヒザ痛に悩まされながらエンゼルス・アスレチックス・レイズと1シーズン毎にチームを代わるも成績は下降線をたどり、2012年オフに現役を引退しました。

引退後はNY傘下のマイナーや巨人軍等の臨時コーチを務め2015年からヤンキースGM特別アドバイザーとしてマイナーの選手達の指導にあたっています。

その眼はどこを見据えるのか!?

性格はまったく違う(と思われる)二人ですが、野球というスポーツの面白さを多くの人に伝えるべく精力的に活動している姿は別格で、“真の野球人”としての責務を全うしています。

現役引退後、ジャイアンツは再三にわたり監督就任をオファーしましたが、今に至るまで松井選手は頑として首を縦に振ることはありません。

なぜなのか!?、その理由(わけ)は多分に彼の考え方に由来するのかもしれませんが、もしそうだとすれば今後一生巨人の監督を引き受けることはないでしょう。

松井秀喜選手は海外(アメリカ)で成功した数少ない日本人ベースボールプレーヤーのひとりとして常に“世界”を意識しているようです。

その心の奥には常に“世界”がある!だから世界一の猛者達が集まる“ビッグリーグ”で如何に自分の存在意義を高めるか!それが彼の生きる道なのかもしれません。

彼の知名度や練習への真摯な取り組み、そしてファンあってのプロアスリートとの想いは世界一を目指すメジャーでこそ真価を発揮するのでしょう。

長嶋さんと同様監督(指導者)としての立場、または球団改革の急先鋒としてMLBでその力を発揮してほしいと願うのはTM鈴木だけではないはずです。

“カントク” が思い描く未来

image1:

2020TOKYOは最終聖火ランナーにも注目!

長嶋さんは現在も脳梗塞で失われた右手・右足の運動機能回復訓練をほぼ毎日続けています。

そこには額に汗して常に前を向いて進もうとする“カントク”の雄姿がありました。

目指すは2020TOKYO!

仲居くんの番組では長嶋さんのリハビリ(!?)の様子も記されていました。

80歳を超えしかも麻痺がある人(!?)がこなすメニュー???と驚く程のトレーニング、それは五体満足な人でもかなりの労力を要するのではないかと思える内容なのです。

長嶋さんはハーネスを利用し少し浮力をつけた状態でトレッドミルの上を速足で歩きます。

その後すぐに動かしにくい右腕と右足を使いながらのウェイトを数種類、さらにはサポートをつけながらの歩行訓練といったメニューを延々40~50分程繰り返します。

movie1:

長嶋さんの驚愕のリハビリは39分頃から

なぜそこまでするのか?メニュー終了後のインタビューで仲居くんが問いかけると、長嶋さんは「えっへへへっ~」と微笑みながら「東京(2020)でね・・・、何かをやりたいんだよねぇ」と話してくれました。

本音は「グラブを持って捕りたい!捕ってファーストに投げたい!」と告白したところへ、さらに中居くんがたたみかけます!

「聖火ランナーの最後は?新しい国立競技場のあそこのてっぺんに!一番最初に聖火を灯すのは長嶋さんだな(右手で!)←《あくまでTM鈴木の希望も含めて・・・》」。

長嶋さんもまんざらでもなく「ありがとうございます(*^。^*)」と答えていましたが、2020!果してどうなるのでしょうかね(*^。^*)s

真のヒーローって!

団塊の世代と言われる人達で長嶋さんを知らない人はいない!と思われる程、彼はオヤジたちの希望の星なのです。

なぜ彼はヒーローであり続けられるのか?その一端はこうしたリハビリの最中にもひしひしと伝わってきました。

多くのリハビリ仲間たちに自分から声をかける長嶋さん、動いて拭った汗を拭きつつまたリハビリに精を出す長嶋さん、とその時カメラは長嶋さんを凝視する一人の人物を捉えるのでした。

俳優の塩見三省さん、2013年に放送されたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」では「琥珀の勉さん」を演じ、様々な映画や舞台で活躍した名脇役です。

そんな塩見さんですが、2014年3月には脳梗塞を発症し5か月の入院を余儀なくされ、手足に残ったマヒの改善のため日々のリハビリに精を出す毎日を送っていました。

たまたまリハビリ施設が同じであった長嶋さんと出会い、日々汗を流す長嶋さんから多くのことを学んだと告白しています。

特に病気になって気持ちも沈みがちの時、中々思うように動いてくれない手足に嫌気がさした時、長嶋さんはそんな打ちひしがれた塩見さんを(みずからが精力的に汗を流すことも含め)常に元気づけたそうです。

「人は前に進もうとすればどんな困難も克服できるんだ!」

塩見さんもまた“長嶋茂雄”というヒーローに心をゆる動かされたひとりとなっていたようです(^_^)

チャレンジは永遠に!

出典:https://goo.gl/yjbo7v

長嶋さんはプロ野球界の歴史上、類を観ないヒーローであり、誰もが一度は彼に憧れを抱き「4番サード長嶋」になりたい!と思わせる(今で言えば)レジェンドなのです。

しかしはっきりいって今はただの81歳になる老人!?であり、リハビリを頑張る元プロ野球選手(監督)の1人に過ぎません。

前を見続けるエネルギーは無限大

なぜ「長嶋さんは選手としても監督としても人々を魅了し続けるのか?」、はっきりとわかったこと、それは長嶋さんが人間としてありのままの生き様を我々にみせてくれているからに他なりません!

みずから設定した目標に1歩でも近づけるべく日々淡々とできることをやって、自分が持つエネルギー(力)を他人に余すところなく提供しています!

静かではあるが(監督時代は別の意味で熱かったでしょうが)やさしく包み込んでくれてジワジワと伝わってくる彼のパワーは、どんな人でもまるで“魔法”にかかったかのように心に良い意味での変化をもたらしてくれる!

『誰でもできる/できそうなことを淡々とやり続ける!それこそが目標達成への近道!』とでも言っているように感じました!

その“魔法”を10年間にも渡る師弟関係で受け続けてきた松井秀喜さんは、今後長嶋イズムの継承者としてMLBに大きな大きな日本人が持つ魂の“ウェーブ”をもたらしてくれることでしょう!

だ・か・ら!人々は“長嶋茂雄”という人間に惹かれる!

長嶋さんからもらうパワーは塩見さんにとっても、周りの人たちにとっても何物にも変え難い最高の贈り物なのでしょう!(^^)!

『2020Tokyo』まであと3年!

我々には『その時!』、長嶋茂雄が起こす“奇跡(軌跡)”を見届ける責任があるようです!

最終ランナーとして・・・!聖火台に・・・!右手で聖火を灯す姿を・・・!ね!(^^)!

まとめ

資料提供:朝日新聞

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ここから師弟関係がスタート!

長嶋茂雄さんは“カントク”、“ミスター”と呼ばれ誰からも愛されるキャラクターですが、81歳となった今でも人々を魅了してやみません!

どうして彼は今でも“現役”のヒーローとして、我々にパワーを与え続けられるのでしょうか?

彼は周りの人達にありのままの自分の生き様をみせ、みずからができることを日々淡々と継続しているのです。

これはよくよく考えると誰でもできることなのですが、時として様々な障壁によってその行動する心が折れそうになる時、長嶋さんのそのひたむきな姿勢が人々に真の勇気を与えているのだと感じました!

81歳となった今でも活き活きと人生を生き抜く老将、我々はまだまだ彼を応援せずにはいられません!(^^)!

TM鈴木

2017年、当ブログをご愛顧いただき有り難うございます!

来年も様々な『アスリートの“鼓動”』・『カラダ・動きの仕組み』、そして【愛娘:もっち】を世界一のスイマーにする『育成ドキュメント』を通して、あなたとお会いできることを楽しみにしております!(^^)!

新年もあなたにとってたくさんのご多幸がありますようお祈り申し上げます。

TM “タイカン・マイスター” 鈴木

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