物事の“本質”を見抜く視(め)と多角的思考でその背景を探れ~常識と固定観念を打破する新たなメンタリティの確立~

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ある調査によれば日本人は「疑わない人種」とか、「人と同じことをしたがる」等と他国からみればマイナスに観えるメンタリティを有していると言われます。

これはサラリーマン(サラリーワーカー)的な発想とも捉えられますが、組織の一員として働くには協調性が最も重視されるという発想からくるものでしょう。

人との関わり、社会との関わりは確かに大切ですが、それは時に自分を苦しめるストレスに豹変することもあり、それを自覚している日本人は正直多いとはいえません。

今回は子供育成にも関わる立場からそうした日本人のメンタリティを再考し、最近深く考えさせられた事例を紹介していきます。

ある意味常識とされてきた物事に対する警鐘と受け止め、今後のあたな自身の進み方や思考に一石を投じられたら嬉しいです(^_^)

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習い事での光景に一言

image1:

これが日常・・・、でも慣れているのかな?

娘:もっち(5歳)はスイミングに通っています!

いわゆるお稽古事の範疇に入りますが、それ以外は何もやらせていません。

彼女のお友達は週3とか4とかでほぼ毎日違ったお稽古事をさせているケースも少なくありません。

その中には当然英会話(英語教室)も含まれます。

英語は習うもの?慣れるもの!?

この英会話レッスンにも日本人のメンタリティは色濃く反映し、参加者の心をくすぐるような日本人向けサービスとして定着しています。

英語は〇〇語という表現の通りれっきとした言語です。

言語は習うのではなく慣れが必要で、それは“勉強”ではなく、日常の中に組み込まれた体験であり、そして体感することが基本となります(とTM鈴木は考えています)。

それは机に座って、あるいは教室内で「ハロー!」「ハウアーユー?」等という形式ばったような機械的な挨拶の交換ではないのです。

私たちは小さい時親や友達との会話から常に日本語に触れていました。

その状況を毎日経験することで日本語の使い方はもちろん、ルーツとなるエッセンスを感じ取っていったのです。

形だけの英会話(英語)教室なら特定の挨拶を理解し使うことは可能でしょう。

でもそれではコミュニケーションをとるために本当に必要な言葉のエッセンス(本質)を感じ取ることなどできません。

なぜなら作られた箱(環境)でテキストと変わりない形式的な言語操作が繰り返されるだけだからです。

言葉の伝達に必要なのは心の繋がり

例えば最近の中学校、外国人のアシスタントが採用されていますが、英語の授業以外で果してどれだけの生徒が、そのセンセイと生のコミュニケーションを楽しんでいるでしょうか!

授業以外に英語のセンセイと触れ合うことはまずない!それが“英会話” を勉強する人達の現実ではないでしょうか。

そうしたお稽古事はどちらかといえば、「みんなが習わせているからうちも・・・」といった人と同じ方向を向く日本人のメンタリティを、色濃く反映しているように感じます。

It doesn’t make sense! (=ノンセンス≒ナンセンス)

アメリカ人はよ~くこの言葉を使います!

まさに今の英語教育はこれ!

It doesn’t make sense!

だとTM鈴木は考えます。

動きの背後にあるものを読み解く

多くの親は子供がお稽古事をしている場合、ママ友同士でお喋りを楽むかスマホを除いている光景が非常に多く観られます。

それが良くないとは思いませんし、何をしようと個人の自由です。

ただし、これは親が “汗” をかかずにお金だけを出しているという典型かもしれませんが。

因みにTM鈴木の奥様はもっちのスイミング中、彼女をじーっと観察していて、それはもうクセと言ってもいいくらいです。

娘が何をしているか?その一挙手一投足を目に焼き付けているようにも見えます。

凝視してしまう程様々な動きを水上や水中で行い、さらに突拍子もないことをやらかしているので観ないわけにはいかないということもあるでしょうが・・・(>_<)

そしてその日にあったことを事細かに彼女専用のスイミングノートに書き綴っています。

ただ彼女の動きを観るだけでなく、その背後にあるもの(何故そういう動きをするのか?コーチとのコミュニケーションや動きの詳細等)を探っているようにも見えます。

かたや他のママ達はとてもホット!?なお喋りやはたまたスマホに夢中という状況・・・。

どちらがどうということはありません!あくまで個人の考え方の問題なのです。

こうした状況はスイミングだけではなく野球やサッカー等、どんなお稽古事にでも当てはまることです。

疑わない日本人

image2:

効く効かないで判断するとえらいことに(*_*)

日本人的なメンタリティを示す例は数え上げればきりがありません。

毎年冬になると誰もがやっているアレについても最近は大きな問題になりつつあります。

ワクチン接種の是非

現代はネットの普及によりそれこそ知らなくても良い(よかった)ことまで知り得るようになりました。

そこには専門家あるいは関係者しか知らない事実もあり、「本当のところどうなのよ?」という疑念を持つ機会も増えています。

そうした環境が構築されつつある現代において尚、インフルエンザを含む予防接種は打つべき!という考えが大半を占めているのが今の日本の現状です。

ネットでの反響が大きい大手ポータルではついにこんな記事もでて反響を呼んでいます。

インフルエンザ・ワクチン、どうしてみんな打つのでしょう。もちろん、効くと思っているからでしょう? でも、インフルエンザ・ワクチンはまったくと言っていいほど効かな...

インフルエンザワクチンの有効性を示す科学的根拠はないのだから打つ必要性もない!という趣旨の内容です。

しかしその記事をデマ!だと主張するサイトもでてきて、なんだかグダグダな状況になっているのが今の現状です(*_*)

【薬剤師が執筆・監修】「ワクチンは危険で無意味だ」と強調するNaverまとめの間違いを、科学的な観点から指摘します : お薬Q&A ~Fizz Drug Information~

個人の判断・考え方に依存

image3:

情報をどう処理するかは本人次第

因みにTM鈴木ファミリーは義母を除いて誰1人(奥様・息子・娘)ワクチンは打っていません!

そこにはあくまで自己責任との考え方があるからです。

つまりワクチンを打てばウイルスをうつされるリスクは減りますが、完全ではありません。

しかもインフルエンザウィルスは数百種類が存在するため、ワクチンで抑えられるのはその中のほんの数種類に過ぎません。

つまり他の種類についてはまったくの無防備状態であり、これでは効果としてまったく無意味といってもおかしくないでしょう。

人間のやることに100%はない!つまり国がどれだけ予防の可能性を高めようと完全にウイルスを排除することはできないため、それなら自分達で責任を持とうよ!とする発想です。

元より国が健康被害に関する不祥事や事件を今までに沢山起こしてきた結果、未だ解決されない(係争中の事案も含め)問題も多く残っています。

どれだけ優秀な人が関わってもリスクを0にはできないし、時にはそんな人達によるミスだってあるし、さらに言えばそうした問題を隠す人や組織だっているのです。

国であれメディアの情報であれ話半分(以下!?)で聞いといてちょうどいい!TM鈴木は常々そう思っています。

こうした予防接種なら国によるイメージ戦略や操作があって当然と考えても不思議じゃありません。

なんてったってこの種の商売は医療や薬関係も含め、特定の個人や組織に莫大な利益をもたららすのですから!

不確かな情報に翻弄される人々

昔、○の○んたさん司会の番組で「納豆が身体によい!」と言われたら、次の日にはスーパーの店頭から納豆が全部消えた!という社会現象が起こりました。

納豆は発酵食品であり確かに健康には良いかもしれませんが、それだけ食べていれば健康になるか!といえばそんなことあるわけがありません。

人間の身体は食品をひと品加えただけで健康になる程単純な構造はしていないのに、多くの人がそういった番組で発せられる情報に一喜一憂しているのは実に驚きです。

この番組含め、捏造とまではいかずとも(実際に捏造疑惑で打ち切りに追い込まれたものもあるが)、真意の程が不明と後々指摘されるものは枚挙にいとまがありません。

随分と前の話ですがオイルショックはメディアによる印象操作というのが後の事実であり、実際に石油製品でもないトイレットペーパーの取り合いが全国に飛び火しました。

一時期大流行した脳トレはその後効果がない!という研究発表や特定の脳トレゲームだけがうまくなるだけといった意見、はたまた効果がないことはない!とする専門家の研究成果もあってこれまたグダグダ状態になっています。

長いものには巻かれない!?

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効果があること自体疑わしい!?

ただひとつ言えることは全世界で4000万本以上売れたこのゲームを作った任天堂と、その監修と制作に携わった川嶋教授(東北大学)の懐は相当に潤ったということです。

あくまで一般論ですが日本人は特に肩書きに弱く、それは論文とか研究といったいわゆる“科学的根拠”についても同じで、そうした成果を鵜呑みにする傾向が特に強いと言われています。

○○大学の○○センセイが言ったことだから大丈夫(信頼できる)、だから○○だ!等という考え方に落ち着くといった状況を幾度となく観てきました。

エッ!論文や研究成果って間違いなの???

いえいえ、それは科学的根拠にはなり得ます。

だからといって万人に当てはまるのか?といえば必ずしもそうとは言い切れず、もし絶対を見つけるならばそれこそ全人口を対象にしなくてはなりません。

研究成果はあくまで調査・研究した結果得られた情報に過ぎず、そこにあなた自身が当てはまるかは実際わからないのです。

他人や組織に依存することをとても好み、公に発表された研究だから!と鵜呑みにする印象を受けてしまうのはTM鈴木だけではないでしょう。

センセイ(医者・弁護士・国)だでけなく、監督・コーチ(指導者)のいうことはある種「絶対!」というような思考があるため、子供達に差し迫った危険を察知できず最悪の結果を生んでしまう事件が頻発することは大きな社会問題となっています。

千葉県木更津市の暁星国際高校(私立)野球部の男性監督(28)が、共同生活する男子 - Yahoo!ニュース(産経新聞)

ここまでみてくれば既におわかりでしょうかが、日本人は疑うということを知らない人種なのでは?と考えてもおかしくありませんね。

多方向から観てその裏を読む

こうした日本人のメンタリティの元は「人の本性は善であるから、人を信じるべき」といった性善説に基づいていると考えることもできるでしょう。

性善説は中国の思想家である孟子が確立した道徳的思考と言われますが、この説は受け取り方によってその内容が大きく異なります。

危険なのはメディアや大センセイ達が「白!」と言えば「白」と思ってしまう(錯覚してしまう)日本人のメンタリティではないでしょうか。

「本性が善だから人を信じる」とするその説をそのまま受け入れるのは、ある意味素直な証拠かもしれまえん(→決して悪いことではありませんが)。

しかし物事は多角的に捉えたりその背後に潜む “何か” に気づくことに意義がある!と思うのですが、果してあなたはどう考えますか?

「人は生まれつきは善かもしれないけど、成長するにつれて悪にもなる(こともあり得る)」

と考えることもでき、そうなると入ってくる情報をそのまま受け入れることが如何にマイナスともなり得るかを理解できるかもしれませんね。

事象の結果はひとつに絞り込むことはできず人の数だけ考え方があると捉え、それを受け入れるメンタリティを持てる余裕が欲しいものですね。

物事の本質を読み解く

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心理的盲点(=スコトーマ)

英語の“勉強”と称する意味不明!?な“言語操作”教育に慣れ親しんだ子供達だけでなく、その親達も含め国やメディアによるある種の情報操作や様々な流布に翻弄され、その本質を見抜く視(め)を養うことが難しくなっています。

観方を変えれば考え方も変わる

「ならあなたならどうすのですか?」と言われそうですが、TM鈴木もその人達と基本的な思考は一緒です。

ただ幸か不幸かどこかでいつも「ん???ちょっとまてよ・・・」というもう一人の自分がいて、ブレーキをかけてくれることも事実ですが。

これは少なからず日本以外を観てきたからかもしれませんし、日本を外からみた時に観えた様々な常識を「あれ?これって何か違うかも!?」と考えたのが発端かもしれません。

あるトピックを違った方向から(斜めから)観てみると「それでいいのかなぁ・・・」と今迄ある常識に対し疑う気持ちがでてきます。

そこでまずは自分で実際に試しその後どうなるか?を考えて、さらに先に進むといった体験が良かったのかもしれません(←あくまで自身の経験です)。

今の常識を疑うと新たな価値が・・・

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物事の裏にある“何か”を視る!

どんな分野でも今ある常識や固定観念を違った角度から捉えると、違ったものが観えてくる時があるはずです。

それが『気付き』であり、それを日々体感することで新しい “何か” を発見できるのです。

他人からみたらどんなに小さいことでも自分にとって価値があれば、その“気付き”を突き詰めていくことでとても面白く価値ある時間や事になると考えれば、人生はもっともっと有意義になるんじゃないでしょうかね(^_^)

子供達が精神的にも肉体的にも成長するためには色々とお稽古事をさせることももちろん大切ですが、まずは親子共々そうした思考について考えを巡らすことも大切なのかもしれません。

人と同じことをやっても人と同じにしか成長はしないものです。

常識や固定観念を疑い、物事の裏にある“何か”に視を向け読み解く思考が、新たな価値を生み出し、社会に大きな影響を与え得る要因となるはずです。

以上、TM鈴木が最近深く考えたこと!でした!(^^)!

果してあなたはどう考えるのでしょうか・・・。

まとめ

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人と違う行動に価値を見出せるか!?

「疑わない!」「人と同じ行動をとりたがる!」といった日本人のメンタリティについて、最近気になった身近な出来事を例にしてまとめました。

「長いものにはまかれろ」ということわざがあるくらい、学校や社会での身の置き方が問われている機会を多く見かけるようになっています。

その象徴的な例が子供達のお稽古事環境、そしてそれを取り巻く親たちの価値観・考え方ではないでしょうか。

メディアによる情報(操作!?)に翻弄されたり、常識や固定観念(だけ)を良しとする環境は子供の成長に大きな影響を及ぼします。

人と同じことをしている環境が果して自身を成長させる糧となるのか否か、親子でもう一度話し合ってみることは大いに価値があると言えるでしょう。

TM鈴木

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