選手としての価値はメダル(結果)、では人としての価値は?

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篠原信一さん、我々は彼をどちらかといえば芸能界で目にしています。
色々なバラエティ番組にでていて『なんやこいつ・・・、なんか知らんけどおもろいでぇ~!!!(←関西人ではないTM鈴木)』と思ってみています。
この人が元柔道選手でしかもロンドンオリンピック時の全日本柔道チームの監督ということ、しかもその前のシドニーオリンピック銀メダリストであることをどれだけの人が知っているのかなぁ。
おそらく『あ~、あのね・・・』と思い出す方が多いのでは!
史上初、金メダルなしに終わったロンドンオリンピックでの男子柔道代表チーム監督、そしてフランスのドゥイエにチョー疑惑の判定で敗れたシドニーオリンピック100kg超級の銀メダリストです。
篠原選手(当時)は銀メダルに終わった当時、マスコミから散々インタビューを申し込まれたそうです。
代表インタビューでは『ドゥイエも審判も悪くない!(自分が)弱いから負けた!』という言葉しかいいませんでした。
当時、多くのマスコミは判定をした審判団と世界柔道連盟(IJF)が悪者、さらにドゥイエ(フランス)に批判の矛先をむけました。
しかし篠原選手だけは対戦相手のことは無論、審判団やIJFにも何も抗議はせず(実際は日本柔道連盟JJFが抗議したが通らなかった)、ひとり『自分が弱いから負けた』とだけコメントしていたのです。
その本当の意味を日本は元より、世界のだれも知るよしもありませんでした。
マスコミも視聴者もファンも篠原はじっと我慢をしたのだ!とばかり思っていました。
今さら抗議しても判定が覆るものではないし、かと言ってこれ以上言い訳をしても自分にとっては何もならん!とそう思ったのだとね。
しかし、篠原選手が『(自分が)弱いから負けた!』という本当の意味はそれから何年も経ち初めて世間に知られることとなったのです。
あの時、あの瞬間、ドゥイエがかけてきた内股に対しもちろん篠原選手の内股透かしが決まった!と誰もが思いました。
しかし実際には技を賭けられたドゥイエが【有効】のポイントを取ることとなり、その後組み合っていた篠原選手は「待て!」の合図がかかったとき、スコアをみて唖然としたそうです。
『なんで???(「イッポン」ではなくても)俺の有効じゃないの???』
そう!篠原選手は自分の内股透かしが決まり、一本はとれなくとも有効と判定されたことで自分がリードしているとてっきり思い込んでいたのです。
それが相手の有効で逆にポイントをリードされている!
これには大男で何事にも動じない篠原選手もさすがに焦りました。
『なんで???どうなってんねん???』
頭の中は?マークの嵐だったのです。
てっきり自分に有利な状況になっていると勘違いし、ふとスコアをみたら『えっ!?』、そして残り時間はもうあと40秒と少し・・・。
『やべっ!このままじゃ・・・』
と焦りに焦って繰り出す技がことごとく相手に見透かされ、そして終了のブザーとなりました!
結果は・・・、もうおわかりですよね。
世間では金メダリスト、ドゥイエ(フランス)が国民的英雄となりその後フランスのスポーツ大臣にまで上り詰めました。
一方、銀メダリスト篠原選手は母校である天理大学で指導者の道を歩み、同時にロンドンオリンピックに向けた柔道日本代表監督を務めるがオリンピックで金メダルゼロに終わった敗戦の責任をとって辞任(そのご天理大学も辞める)し、廃棄物処理業などを経て現在は芸能界で活動しています。
シドニーでの敗戦について後に篠原選手は、45秒残っていた時、なぜ気持ちを切り替えて「よっしゃ―!もう一回投げてやる!」という気持ちにならなかったのか。
気持ちの整理がつかない!そのままの状態で残り時間を戦ってしまった!それが自分の最大の弱さで、その弱さを克服できなかったのは自分の責任である。だから自分が負けた(銀メダル)のだ!
と回想していました。
まさしく
【負けて必然!勝って偶然!】
だったのかもしれません。
勝負事ではどんなことが起こるのか、誰にもわかりません。
筋書きのあるドラマではないのです。
だから、例え自分にとって不利になるどんな状況でもすぐに気持ちを整理し立て直すことが必要です。
金メダリストと銀メダリストとの差はそういったところに出てしまったのかもしれません。
篠原信一さん(もう選手ではないので“さん”付けで)は選手としては満願成就とはなりませんでした。
世界で2位でももちろん十分立派な結果です。
でも彼が狙っていたのは世界一のみ、オリンピックでのね。
自分の全精力を使って負けたのならあるいは悔いは残らなかったかもしれません。
でも、あの残り時間での“あの”精神状態・・・、おそらく無念しか残らないでしょう。
しかし選手としては結果を残せなくとも、篠原さんは我々に貴重な【財産】を残してくれました!
それは篠原さんの“あの”シドニー決勝戦での体験です!
例えどんな困難な状況に置かれたとしても、『気を抜くな!気持ちを切り替え・整理して攻めろ!攻めて攻めて攻めまくれ!』
という気持ちです。
そしてその体験は彼にとってもとても大きな財産となっているはずです。
金メダルは選手としての価値を高めます、でも人としての価値は金メダルを取った(取れなかった)その後に何十年も続くものです。
篠原信一の“あの夏”、その様々な想いが私、TM鈴木を含め多くの人たちへの教えとなっていると考えればその価値は金メダル以上だったのではないでしょうか。
TM鈴木

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